『むぎの穂童話』から
毎月第3日曜に発行している『むぎの穂童話』に掲載されたお話を紹介するコーナーです。
今回は、2008年11月16日発行の『むぎの穂童話』第235号に掲載された昔話です。
(発行時の内容を一部訂正して掲載しています。)
挿絵の秋吉ヤス子さんは、2008年の第60回西部示現会展にて最高賞である「60周年記念賞」を受賞されました。
筑後地方の昔話(再話)
文・田熊正子 絵・秋吉ヤス子
茂佐(もさ)どんの話(その一)
昔むかし、筑後の善導寺村に、茂佐どんという若い男が両親といっしょに暮らしておった。
茂佐どんの家は農家であったので、馬を二頭飼っていた。
ある年のこと、稲取りも終わったので、父親が晩飯を食べながら言った。
「そろそろ麦も蒔かにゃんごつなったけんで、茂佐どんよい、明日から田ば鋤いちくれんかい。」
それを聞いた茂佐どんが
「どこから鋤いたらよかの?」 と、たずねた。
父親は、
「そりゃあ、お前、畦ん下から鋤かじゃこて」 と答えた。
翌朝、父親は馬をひいて山に柴刈りに、母親は畑の草取りに出かけて行った。 茂佐どんはもう一頭の馬をひっぱって、田んぼへ行った。 そして一日が過ぎた。
父親が山から帰ってくると、さっそく田の中を見廻りにやって来た。
しかし、その辺に茂佐どんの姿は見えなかった。
よーく見ると、畦の下に、つーっと一筋の鋤の跡がついている。 父親がその跡をたどって行くと、よその田んぼの畦の下を鋤いて行ったあげく、 山越え谷越え、とんでもない所まで、二里も三里も鋤いて行っていたのである。
「この呆けもんがあ。」
父親はぶつぶつ言いながら家にもどった。
その晩、父親が酒を飲みながら、母親に言った。
「今日は、山仕事に行く時、おっそろしか弁当ば作ってくれたけんで、ばさろう仕事がはかどったばい。やっぱぁ、飯が仕事ばするったい。」
それを聞いた茂佐どんは翌朝、
「おっ母しゃん、昨日お父っちゃんに作ってやったごたる、ばされ大きか弁当ば二つ作ってくれんの」
と、母親に頼んだ。
母親は、「なんばすっとやろか、こん子は」と思ったけれど、息子の言うとおりに、大きな弁当を二つ作ると持たせてやった。
父親は、その日も山に、母親は畑に出かけた。夕方になって、父親は、薪をどっさり馬の背に乗せて帰ってくると、田の中を見廻りに行った。
すると、茂佐どんは鋤の先に弁当をくくりつけて、ぐうぐう鼾をかいて寝ているではないか。父親はあきれ返って、
「やいこら茂佐、なんちゅこつか」と、怒鳴ってしまった。
茂佐どんは、父親の怒鳴る声でやっと目を覚ました。
「お前やあ、いっちょん仕事ばしとらんじゃなかかあ」と、目を三角にして、怒っている父親を見ても、茂佐どんはすました顔で、
「お父っちゃんな夕べ、飯が仕事ばするち言いよったじゃんかあ」と言ったそうだ。